障スポ「陸上競技」の紹介

2025年の障スポでは、陸上競技は彦根(ひこね)市で実施(じっし)される予定です。

障スポ「陸上競技」とは?

 身体障害のある選手と知的障害のある選手が出場できる競技で、競走競技、跳躍(ちょうやく)競技、投てき競技を実施(じっし)します。100m走や走幅跳(はしりはばとび)、砲丸投(ほうがんなげ)などの一般的(いっぱんてき)な種目のほかに、車いすや電動車いすで障害物を避(さ)けながらタイムを競う「スラローム」、150gの大豆等を詰(つ)めた袋(ふくろ)を投げ、飛距離(ひきょり)を競う「ビーンバッグ投」など、ルールや競技用具を工夫した大会特有の種目を含(ふく)め、全15種目が行われます。

服部周恩選手インタビュー

服部周恩選手

 長浜(ながはま)市出身の服部周恩(はっとり・しゅうおん)選手(39)は、普段は会社員として仕事をしながら、障害者スポーツである車いす陸上競技に励(はげ)んでいます。車いすバスケットボールなどの競技経験豊富な服部さんに、車いす陸上競技の魅力(みりょく)やご自身のトレーニングについて聞きました。

車いす陸上競技はどういう競技なのですか?

服部さん:私が取り組んでいるのは、競走競技の100メートル。健常者の陸上競技と基本的に一緒と考えていただければと思いますが、障害の種類や重さによってクラスが分かれ、レーサーと呼ばれる3輪の競技用車いすに乗って走る違いがあります。

クラス分けはあれど、ルールは基本的に健常者の競技と同じで、レーサーの規定がいろいろあるのでしょうか?

服部さん:ルールは基本的に同じだと思います。「よーい、どん!」でスタートをして、ゴールするまでの速さを競います。

レーサーは、日常生活用の車いすとは大きく異なります。スピードを出すための前輪があり、後輪は安定感を出すためにハの字になっています。高さや長さの規定に則って、専門業者に選手専用のレーサーを作ってもらいます。

私が乗っているレーサーは、私の骨盤(こつばん)にぴったりと収まるように作られているので、私よりも少しでも体格がいい人は乗れないと思います。

服部周恩選手

服部さんはなぜ車いす陸上競技を始められたのですか?

服部さん:私はもともと滋賀県内で車いすバスケットボールをやっていましたが、2年ほど前にチームが解散。その後、大阪府内で車いすラグビーを始めたものの、チームが合併して、練習場所が高知県に変わり、滋賀から通えなくなったため、ラグビーも諦めました。

立て続けにチームが解散したり、合併したりしてしまったので、チームスポーツではなく、個人競技をやろうかなと思っていたときに「陸上をやってみないか?」と誘われたことがきっかけです。

最初は車いすバスケットボール用の車いすで走っていましたが、本格的に陸上をやってみたいなと思い、レーサーを購入しました。レーサーの製作にも時間がかかるので、実はまだ競技を始めて1年足らずです。

車いす陸上競技の魅力(みりょく)は何だと思いますか?

服部さん:私は足に障害があるので、風を切って走れることはないと思っていたんです。でも、この競技に出会って、こんなに速く走れるようになった。長距離になってくると、健常者よりも速くなることもあるんです。そこが一番魅力(みりょく)に感じている点ですね。

健常者の陸上競技の場合、ある程度年齢を重ねると“引退”となると思うんです。でも障害者スポーツは、私は今39歳で38歳のときに競技を始めたように、年齢は関係ない。50歳でも60歳でも上を目指そうと思ったらやっていけるのが魅力だと思います。

東京パラリンピックの陸上男子車いすT52クラスの400メートルと1500メートルで銅メダルを獲得した上与那原寛和(うえよなばる・ひろかず)さんは50歳ですから。私もまだまだ現役でやっていきたいと思います。

選手としての目標や夢を教えてください。

服部さん:夢はパラリンピックに出場することです。

まだまだ競技人口が少ない競技ですから、もっと多くの人に競技の魅力を知ってもらいたいですし、ひいては陸上に限らず、いろいろな障害者スポーツがあるので、そうした障害者スポーツ全般を広めていけたらいいなと思っています。

服部周恩選手

滋賀県で開催される国スポ・障スポへ向けて、メッセージをお願いします。

服部さん:2025年に滋賀県で開催される障スポを機に、滋賀県内の障害のある子どもたちが、障害者スポーツに関心を持って、「ああ、僕もやってみたいな」「私も挑戦してみたい!」などと思ってくれたら、障害者スポーツが更に広がっていくことを期待しています。

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